Mar 10, 2011
国内旅行に何回も行きたくなる東京
私は、国内旅行に行きたいところナンバーワンは東京です。なぜなら、私は都市が良いからです。東京には多くの建物が乱立していますが、そんな光景を見ると、なぜか非常にテンションが上がることです。電車も本数が多く、都市すごいんだなと感じます。観光スポットがたくさんあって、東京は国内旅行に何度も行きたくなる不思議な魅力を持っている都市でもあります。卒業旅行を聞いて、私はもう縁がない年齢になりましたが、お勧めスポットです。ここでは、大学卒業時の話ですが、卒業旅行くらいにしないといけないような場所に行くのがおすすめです。してはいけないのは、時間がたくさんと行くことができない場所です。就職後も、お金さえあれば行くゴトマンウン避けていいですね。
広島市中区の原爆ドーム前を流れる元安川で6日夜、原爆犠牲者の冥福と世界平和を祈る灯籠(とうろう)流しがあった。約8000個の明かりが水面に揺れ、遺族らが静かに手を合わせていた。
今年は一部の灯籠に、平和記念公園の「原爆の子の像」にささげられた折り鶴を再生した紙を使った。広島で53年ぶりに「原爆の日」にプロ野球公式戦が行われたことに合わせ、対戦した広島、巨人両球団の監督や選手ら計52人が「世界平和」(広島・野村謙二郎監督)などのメッセージとサインを記した灯籠も流された。
夫が今年3月に81歳で亡くなった広島市安佐北区の岩田二葉(ふたば)さん(78)は灯籠を流して「夫はこの20年闘病生活を続け、『元気じゃったら灯籠流しを見に行きたいねえ』と言っていた」と涙ぐんだ。【村本聡】
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東海テレビ放送(名古屋市)の情報番組で岩手県産米を中傷するテロップが流れた問題で、JA全中(全国農協中央会)は、東海テレビで放送されている情報番組「にじいろジーン」の6日分についてCMを取りやめた。JA全中は「抗議の意思を示すため」と説明している。
番組は関西テレビ制作で、フジ系列全国28局ネット(毎週土曜日午前8時半〜9時55分)。東海テレビでJA全中がCMを提供するのはこの番組のみ。来週以降の対応は未定という。【黒尾透】
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――お子さんの障害がわかったのはいつですか。
野田 妊娠12、3週です。臍帯ヘルニアといって、おへその側に肝臓が飛び出している状態でした。ほかにも、心臓障害、染色体異常とか、重い病気が起こりやすいと言われました。
――染色体などの検査は受けましたか。
野田 主治医から「羊水検査をしますか」と言われましたが、検査で染色体の異常がわかっても治せるわけではないという。私は最初で最後の子だと思っていて、何があっても中絶する意思はなかったから、「検査はしません」と答えました。
――どういう障害を持った子でも育てようという気持ちだったのですか。
野田 はい。
――障害があることと、幸せは関係ないですか。
野田 夫には「どんな障害を持っていても、幸せにするのが私たち夫婦の仕事」と言いました。息子にできないことはたくさん出てくると思います。オリンピックに出られないとか。あらかじめ可能性に限度があるのは申し訳ないと思うけれど、そういう人はたくさんいる。生まれたなりを自分自身と思って生きてもらうしかない。そのかわり、そのために親としてやるべきことをやるしかありません。
――帝王切開での出産でした。
野田 肺呼吸ができなくて死ぬ可能性もある、と事前に言われていました。生まれた時刻を記録する医師の声は聞こえたのに、泣き声が聞こえなかった。やっぱり先生の言った通り、だめだったのかなと体が固まった。そうしたら、かすかな泣き声がしました。子猫が鳴いているような。「ああ、生きているんだな」とわかって、嬉しかったです。
――お子さんは何度も手術を受けたのですか。
野田 食道閉鎖症で、食道と胃が離れていて、ミルクが飲めませんでしたから、生まれてすぐに、胃ろうの手術をしました。胃に直接栄養を送る管を入れる手術です。それから、肝臓を閉じる手術、離れていた食道と胃をつなぐ手術など、生後5か月までに5回の手術をしました。体重が増えたら、心臓の本格的な手術をする予定です。
鼻から酸素。胃ろうでミルク・・・。いま3本の管が彼を生かしている。最悪の時は17本くらいチューブが入っていたことを思えば、すごい進歩です。生きる力は強いなと思います。
泣き声を聞けるようになったのは、人工呼吸器が外れた5か月過ぎから。最近笑うようになりましたが、わんわん大きな声で泣いている時も嬉しい。
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